先輩に美味しいものをおごってもらおう。

なんと紹介すればよいのか適当な言葉が浮かばないが、とにかく、信頼のできる大人がいる。仮に神野さんとしよう。その神野さんにお話を聞く機会があったので紹介する。


神野さんは日本料理屋さんを営んでいる。僕はそこで結婚式を挙げようと計画していて、その日はそのうち合わせに行った。
打ち合わせが終わり、ごはんを頂いて*1いるところに、それまで庭をいじっていた神野さんがきた。


お願いした料理の前にいくつか神野さんの頼んだ食事が出てきて、さらにビールを頂いた。途中は端折るが、ビールを飲み終わったところで神野さんに焼酎を勧められた。とても美味しいのだと言う。魔王とほぼ遜色なく、若干魔王の方がさわやかなのだとか。
僕は焼酎など大五郎やワリッカくらいしか知らず、味がわかる自信はまったくない。出てきた焼酎は熱いくらいの温度。一口付けてみる。ほぼ味はしない。やっぱり僕にはわからないと残念に思いながら、「ほとんど味がしないですね」と正直に言う。
「でも香りはすごくいいだろ?」
「あー」と曖昧な返事をしつつもう一口飲む。たしかに呑んだときにさわやかな香りが鼻から抜けてゆく気がする。でもとてもささやかでこれがそうなのかイマイチ自信が持てない。


引き続き曖昧な表情をしているが、神野さんはそれを見透かしたように話す。
「こういう美味いものは先輩に教わらなきゃダメだ」
曰く、若い人はまだ舌が肥えていない。美味いものを食べてもそれが美味いかどうか判断できない。だから、本当に美味いものを食べて、それが美味しいとわかるように訓練しなきゃならない。それが舌を肥やすということだ。
そのためには、先輩にたかれと言う。
「いいか、こういう風に言うんだ。『先輩、ごはんおごってください。でも半端なものはダメです。本当に美味しいものをおごってください』。こう言わなきゃ美味いものなんてわからないし、先輩にとってもそこでおごるのは義務だ」


なるほどと思う。
周りにそんなことを言えるような先輩がいるかと言うと、ちょっと厳しいと感じてしまう。だがそれは、昔に比べて信頼できる先輩が減ったわけではなく、ただただそういうスタイルのコミュニケーションがなくなっているだけだ。
信頼できる先輩がいる。それなら、普段のコミュニケーションから一歩踏み込んで、こういうことを言ってみる。
ハードルは高いが、それだけの価値はある。
熱々だった焼酎はぬるくなっていて、味が少しわかりやすくなっていた。これは美味しいのかも。


神野さんは引き続き、大学生にごはんをおごってアイディアを吸い上げ、会社を建て直した社長の話をしてくれた。それはまた今度書く。

*1:普通のお客さんとして食事するつもりが、おごっていただいた。