4/23(日)Earth Day 2006のイベントに行ってきた。
Earth Day東京2006に行ってきた。写真は会場内の一角で、ハンモックで遊ぶ子供たち。ハンモックの中に2、3人詰まっている。
会場は代々木公園だった。この日、隣では浜崎あゆみのライブがあったようで、のまタコに似たマークがいたるところで翻り、浜崎あゆみの絵が大きく描かれた珍妙なヤン車が大量に駐車していた。どちらがどちらにぶつけたか、はたまた意図せずぶつかったかはわからないが、商業主義の象徴とそれに対抗するイベントが、隣同士で開かれるという構図も面白い。
こちらのイベントでもUAとBONNIE PINKのライブがあり、僕らも見たかったのだが、ライブが近づくにつれそれ目当ての客の割合が多くなり、会場のマナーも目に見えて下がっていくことに嫌悪感を覚え、ライブを見ずに会場を離れた。
このイベントを訪れた目的であるが、以前ホワイトバンドデーの東京タワー集会の際、NPO、NGOのブースで大いに勉強させてもらったので、今回もそれを目当てに、恋人と二人で出かけた。
このようなイベントを歩くと、ブースから発信されるさまざまな情報を少しずつ得ることが出来る。興味を持てばそのブースに行って話しを聞き、より深く学ぶことが出来る。どうもこれは、テレビのような情報の受け方だと感じた。実に楽である。
テレビと違うのは、そこに情報を発信している人がいることで、気になることがあればすぐに聞ける。無知を恥じずに聞けば、得るものは大きい。
実は今回、期待ほどの収穫はなかった。知っている取り組みというのがわりと多く、それらについて自分の知識以上ことは、あまり勉強できなかった。ほか、新たに興味を引かれることも少なかった。
このようなイベントは、本来的にはやはり入門者向けなのだろう。問題意識すら持たない人、問題意識はあるものの、どう行動し始めてよいかわからない人には最適だ。少し興味を持って学んだ人でも、ここが聞きたいとか、そういう目的意識を持って行くのにはよい。少しかじってはいるものの特に目的もなく訪れると、得るものは少ない。
しかしそれも、比較しての話であり、いくつか勉強にはなった。そのあたりのことを、少し詳しく書いていこうと思う。
長いので、気になった項目だけ拾い読みという読み方をお勧めする。
会場での食事
A SEED JAPANが仕切っていた。A SEED JAPANの活動は1999年のライジングサン・ロック・フェスティバルから、毎年どこかしらで見ているが、年々進歩していることに驚く。
今年はリユースを前面に出して活動していた。これは、使い捨てでない食器を用意して、食べ終わったら返すという、普通の飲食店で行われいる形である。しかし、今回のような野外イベントでこれをやるのは難しい。返却がなされず、その分の損が大きくなる。ならばはじめから使い捨てと割り切ってしまったほうが、かえって安くついたりする。
これを解消するため、A SEED JAPANでは食器を貸し出す際にお金を取り、使用後返却する際に返すという方式をとった。タダのコインロッカーと同じ方式である。具体的には、以下のステップで行う。
- 食べ物ブースを見て回り、食べるものを決める
- 行ったん食べ物ブースを離れ、A SEED JAPANテントに向かう
- 食べたいものにあった食器を借り、100円払う
- 食べ物ブースに戻り、食べ物を買う。買ったものは借りた食器に入れられる
- 食べる
- 食器を古布で拭き、汚れを取る
- A SEED JAPANブースに食器を返却する。100円戻ってくる
僕たちもこのステップに則って、タコライスとイタリアンのそのようなものを食べた。健康にも配慮した料理で、美味しかった。外食する際に感じるちょっとした罪悪感も、この時は抱かずに済んだ。
手間ではある、が、不思議といやな気持ちはしなかった。今回のような環境問題に関するイベントならともかく、ロックフェス等で行うことを考えると、ステップを更に簡略化する必要は感じた。しかしそんなことは、一度動き出してしまえば、そこから得る多くの経験を糧にどんどん進めてゆける。A SEED JAPANがこのような活動に進んだことを、賞賛せずにはいられない。
環境問題についてのブース
これは、渋谷駅モヤイ像の周りに花壇を作り、そこに花を植えて育てるというプロジェクトである。この当日も花を植えていたそうだ。会場のブースでは、次回植えるひまわりを参加者自身に育ててもらうべく、土と種を300円で配っていた。参加者は、これを持ち帰って家である程度育てる。6月頃になると声がかかり、皆で植える。
ちょうどハーブを育てたいと思い本を買ってから1年が経過したので、ちょうど良い機会だと思い貰うことにした。枯れなければ良いが。
タスマニアの天然樹伐採を止めるためのプロジェクトである。タスマニアの森林は、その多くが日本の製紙会社向けに輸出されるそうで、最終的には僕らが利用しているコピー用紙などになる。
今回は原寸大の切り株の写真(A4紙をコピーしてつなげたもの)を、会場の道路に敷くというプレゼンテーションで、その切り株は思っていた以上に大きかった。ブースの方は、日本で言えば屋久杉が伐採されて海外に輸出されているようなものだと言っていた。このプロジェクトでは、環境破壊に対する糾弾はあまり行わない方針なようだが、このようなプレゼンは森林伐採の問題を実感させられる。
戦争についてのブース
劣化ウラン弾は、ミサイルからバルカン砲まで幅広い用途で使われている。それが目的ではないものの、放射能を放出し、それによって被爆する。
僕は知らなかったのだが、劣化ウランというのは核燃料を作る際にでる廃棄物なのだそうだ。アメリカでは核燃料を作る際に出るこの劣化ウランを兵器に利用しており、一方の核燃料は日本も輸入している。ここで、日本の脱原発と、劣化ウラン廃絶が、運動として結びつく。
キャンペーンとしては、イベントにブースを出して問題の理解を広める他、劣化ウラン弾を非人道兵器と認定し、保有と使用を禁止するよう呼びかけていくそうだ。
映画から戦争と平和を考えるイベントで、今年は第三回目となる。リンク先のサイトには、まだ今年の情報は載っていなかった。
このイベントのブースが出ており、『911ボーイングを捜せ』が大きめのテレビで上映されていた。この作品については、審議をめぐり大論争が起きたそうで、多くの批判意見を見つけることができる。僕は真偽について判断できるほどそれらを読んでおらず、偽っぽいなと思いつつも判断を保留している。
さて、ブースの話に戻るが、このようなビデオを説明もなしに見せてしまうことに、僕は疑問を持つ。帰ってから検索してみるよう促すべきだ。ここに限らないが、人々の恐怖心や罪悪感を利用し、そのような気分からの反応として、活動への協力を得ようとするやり方というのがある。このようなやり方にはまったく賛成できない。思考停止を強いるプロパガンダと同じである。なんにしても、考え始めることこそ基本なのだ。
もうひとつ、『http://www.arinoheitai.com/』という映画を知った。『第2次世界大戦後も中国に残留し、中国の内戦を戦った』(前記リンク先より)日本兵の話だそうで、映画祭でも上映されるそうだ。パンフレットの写真がよく、裏を見ると鳥越俊太郎のコメントもあった。見に行きたいと思った。
お金についてのブース
僕はこのあたりの事柄にもっとも興味を持っている。ちなみに恋人は環境問題に興味があるようで、どちらも自分に近いところという点で共通している。
簡単に言うと、自分たちの貯金がどのように使われているかを知り、望ましいことに使われているようにお金を動かそうというキャンペーンである。
批判されているのは、郵便貯金と4大メガバンク、すなわち三井住友、東京三菱、UFJ、みずほの4銀行であり、そこに預けたお金は戦争や環境破壊に使われてしまうと指摘されている。
そこからの変え先としては、リスクに応じて以下の3つの方法が提案されている。
- 預貯金型エコ貯金:よい取り組みをしている銀行に預ける
- 出資型エコ貯金:市民が作ったNPOバンクに預ける。元本が保証されない。普通の銀行のようには使えない。
- 投資型エコ貯金:SRI(社会的責任投資)ファンドへ投資。株と同様のリスクがある。
僕はこのキャンペーンの存在は知っていた。以前調べた際は、貯蓄用に使っているイーバンクでも良いものだと理解した。
しかしこの日ブースに行ってみると、銀行リストの中にイーバンクなどのネット銀行はなく、ブースの方に聞いてみると、悪くもないけど良いこともしていない普通の銀行なのではないかという答えが返ってきた。
僕は自分の無知にがっかりしてしまった。もっとも取り組みやすく、自分とも近いことについて、詳しいことを知らず、そのまま放置していた。早いところ調べて、預け替えを検討せねばならない。
預け替えについては、利便性や、どのように使うかという口座の性格を考えねばならない。僕の場合を具体的に言うと、頻繁に出し入れを行うメインバンクは、その利便性を重視して新生銀行にした。貯蓄用の口座については、出し入れの利便性はあまり考えず、利率のみを基準にイーバンクとしている。ただし、貯蓄用の口座といっても、全財産がそれほど多くない現在では、いざというときに引き出せるということも大事だ。
今後検討しなければならないのは、メインバンクについては、利便性のある銀行でよい取り組みをしているところはあるのかということ。貯蓄用の銀行については、いざというときに引き出せるということだけを条件に、その銀行の取り組みのみを評価すること。この二つである。
- ネットワーク地球村『お金のいらない国のカフェ』
このブースは、『お金のいらない国』という本をベースに企画されていた。
ブースを覗いていると声をかけられる。「お金のいらないカフェなんですよ」なんて言われるが、すぐには飲み込めず、混乱のうち勧められるがままに椅子に座る。すぐにメニューが出され、お茶とコーヒーで4種類のうちから、それぞれ黒豆コーヒーと三年番茶を注文する。ほどなくカップに入れられてそれらが出される。僕らはパンフレットを眺めながらそれを飲み、休憩させていただく。
これが何とも、不思議な気分であった。
少ししてからこの本に関する寸劇をやるというので、時間を置いて見に来てみた。内容は本の簡易版的なものだったようである。
舞台は500年後の地球で、そこにはお金という概念がないのだそうだ。*1そこに現代から一人の若者があらわれ、未来の人と会い、それぞれの時代のことを教え合う。それも、主にお金のことについて話す。そういう設定だった。
未来人曰く、未来というのは以下のような社会だそうだ。
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- 仕事は皆する。やらないと社会が回らないから
- ほしいものは何でも手に入るので、必要なものしか欲しがらなくなる
- 仕事をサボる人はいないし、自分だけいい思いをしようという人もいない
さらに現代の話を聞いて指摘をする。
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- お金がないと欲望をコントロールすることができないのか
- お金にまつわる業務が多く、それを他の仕事に当てれば、もっと豊かになれる
本のさわりは以下のサイトで読むことができる。寸劇で取りあげられた部分も、この中に含まれている。
お金のいらない国
これを見て、この話を読んで、そうだよお金なんていらないんだよ、となる人は、たぶん少ない。大抵は、そんなにうまくいかないよ、という反応だろう。Amazonの書評にあった「無邪気すぎる」という言葉が的確だ。
しかし、そのような反応を得られるだけで、とりあえずはいいのである。お金というものに小さいころから触れて、アルバイトでそれを稼ぐことを経験し、社会に出てそれで自分の生活を支える。そうすると、お金は既知のことであるという意識がどんどん固まってゆく。しかし、このような素朴な問いかけから、その意識は溶けはじめる。ソクラテスの言う無知の知の状態となる。それが、まず一歩である。
さらに興味が沸けば、経済学を勉強すればよい。僕はよく知らないが、『経済ってそういうことだったのか会議 (日経ビジネス人文庫)』は経済の原則を学ぶ上でわかりやすかったし、『エンデの遺言「根源からお金を問うこと」』はお金を根本から考えるというところで、『お金のいらない国』と同じ方向を向いていると思う。
その他
- ワイルドツリー リップクリーム作成ワークショップ
- タバコについて
タバコのマナーは想像以上に悪く、僕も何度煙にぶつかったかわからない。人ごみで吸い、歩きながら吸い、子供の近くで吸う。上下白のジャージ姿のヤンキーなどは、山手線沿線で拾い集めたタバコの吸殻を展示した挨拶清掃という団体のブースの中でも吸っていた。
問題は2点ある。すなわち、喫煙者の意識の問題と、副流煙の問題である。前者が改善すれば後者も解決するが、それは難しいようである。そのため、すぐに対応可能な後者への取り組みも必要である。
残念ながら主催者側には、どちらの点についても積極的な取り組みが見られない。会場では携帯灰皿が無料で配られていたようだが、使う側のマナーがなっていないとどうにもならないし、マナー意識向上を狙った取り組みが見られないのである。A SEED JAPANのごみに対する取り組みとは対照的だ。
秋葉原の喫煙スペースのように煙を外に出さない大型コンテナのような空間を作り、その中でマナー向上キャンペーンを張る。それくらいのことをやらないと、タバコを吸わない人はいつまでも不快な煙にさらされ続ける。
*1:ちなみに国というのもなく、皆地球に属しているという意識で、ジョンレノンのイマジンが実現した世界だったようだ。